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仙台高等裁判所 昭和33年(ネ)541号 判決

控訴人 蛭田五六 外一名

被控訴人 岩川与助

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴人らは、「(1) 原判決を取り消す。(2) 債権者被控訴人、債務者控訴人ら間の福島地方裁判所平支部昭和三三年(ヨ)第三九号立木伐採搬出禁止仮処分申請事件につき同裁判所が同年九月九日にした仮処分決定はこれを取り消す。(3) 被控訴人の右申請を却下する。(4) 訴訟費用は被控訴人の負担とする。」との判決並びに右(2) につき仮執行の宣言を求め、被控訴人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張並びに証拠関係は、控訴人らが、(一)係争山林は字風越地内にあつて字榎町地内にないから、仮りにそれが字風越七三番の一三でないとしても、字風越地内の土地に相違なく、字榎町六五番の一、同番の六及び同番の一〇ではないから、係争山林を右三筆の土地とした本件仮処分決定は法律上許されないものである。(二)仮りに係争山林が被控訴人の所有に属するとしても、それが字榎町六五番の一、同番の六及び同番の一〇でない以上、右各土地の所有権を保全することを目的としてされた本件仮処分申請事件で、右地番以外の係争山林について仮処分決定をすることは、申立てられない事項について裁判をするものとして許されないところである。(三)仮りに係争山林が被控訴人の所有に属するとしても、その登記がなく、控訴人蛭田は緑川勇弥から係争山林の譲渡を受けかつその登記簿上の所有名義人となつており、控訴人牧野は控訴人蛭田から係争山林上の立木の譲渡を受けかつその登記簿(立木登記簿)上の所有名義人となつているから、控訴人らは、被控訴人の登記の欠けていることを主張するについて正当な利益を有するものというべく、したがつて、被控訴人は係争山林の所有権を控訴人らに対抗し得ない。(四)控訴人牧野は、被控訴人ほか一名を相手取り、係争山林上の立木に対する所有権と占有権とにもとづいて、控訴人牧野が右立木を占有し被控訴人らの干渉を受けることなしにこれが伐採、搬出等をなさんがために、被控訴人ほか一名の係争山林への立ち入りを禁止し控訴人牧野の右立木に対する占有を妨害してはならない旨の仮処分申請をし(福島地方裁判所平支部昭和三三年(ヨ)第三八号立入禁止等仮処分申請事件)、同裁判所は控訴人牧野の前記権限を認めてその旨の仮処分決定をし、右は昭和三三年九月二日その執行を終つているから、その後にされた本件仮処分決定は前記仮処分決定に抵触する違法なものである。(五)控訴人牧野は本件仮処分決定当時係争山林地内に存在した杉約一、〇八二本(約一、二二八石九斗)及び檜約一三一本(約九一石七斗)の伐採木について民法一九二条によつて完全な権利を有し、係争山林に自由に立ち入つてこれが搬出を許されていたのであるから、このことまでも禁止した本件仮処分決定は許されないものである。(六)被控訴人は字榎町六五番の一、同番の六及び同番の一〇の山林に一五〇万円を投じているに反し、控訴人蛭田は係争山林に数百万円を投じながら、被控訴人の不当な干渉、打ち続く訴訟のために窮迫し、やむなく係争山林上の立木を控訴人牧野に売却しなければならなくなつたのであつて正義人道上から被控訴人のかかる侵略を許すことはできないと述べ、疎明として、疎乙第一二ないし一五号証、第一六号証の一、二、三、第一七号証、第一八号証の一、二、三、第一九、二〇、二一号証を提出し、当審証人鈴木酉之助、蛭田稲穂の各証言を援用し、被控訴人が、右疎乙号証全部の成立を認めると述べたほかは、原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

理由

一、被控訴人が昭和二二年一二月一〇日中山吉之助から同人が緑川勇弥から買い受けて所有していた福島県石城郡田人村大字荷路夫字榎町六五番の一、同番の六及び同番の一〇の山林三筆台帳面積合計約二町二反歩実測面積約二〇町歩を買受けたこと、控訴人蛭田が緑川進から同大字字風越七三番の一三の山林を買い受け、その範囲は原判決別紙図面表示の溪流の右側(東側)にある係争山林であると主張し、原告被控訴人、被告星政已、鈴木亀吉間の福島地方裁判所平支部昭和二七年(ワ)第八八号土地所有権確認請求事件(同庁昭和二六年(ワ)第二号立木伐採禁止等請求事件と併合)に参加し、控訴審たる仙台高等裁判所で昭和三一年一月三一日被控訴人勝訴の判決があり、控訴人蛭田が上告の申立をしていること、控訴人蛭田が控訴人牧野に係争山林上の立木を売り渡し控訴人両名が昭和三三年九月四日からこれが伐採を開始したので、被控訴人が前記訴訟に勝訴しても立木を失つて訴訟の目的を達することができなくなるとして、控訴人らを相手取り福島地方裁判所平支部にこれが伐採搬出禁止妨害排除の本案訴訟を提起し、その保全のために本件仮処分決定を得たこと、は当事者間に争いがない。

二、控訴人らは、係争山林は字榎町六五番の一、同番の六及び同番の一〇ではないから、係争山林を右三筆の土地としてした本件仮処分決定は法律上許されないものであり、また、本件仮処分申請は右三筆の土地所有権を保全することを目的としてされたものであるから、右地番以外の係争山林について仮処分決定をすることは申立てられない事項について裁判をするものとして許されないと主張する。そして、成立に争いのない甲第二号証、乙第一、二号証に弁論の全趣旨を総合すれば、係争山林は字風越地内にあつて字榎町地内にないことが明らかであるから、それが字榎町六五番の一、同番の六及び同番の一〇でないことはいうまでないことである。しかしながら、本件仮処分申請書並びに前記甲第二号証によると、本件仮処分申請は当初から係争山林を目的としてされたものであり、ただ被控訴人としてはこれを字榎町六五番の一、同番の六及び同番の一〇の一部として所有してはいるが、控訴人が被控訴人・被控訴人が控訴人蛭田外二名間の仙台高等裁判所昭和二八年(ネ)第六四号立木伐採搬出禁止所有権確認等請求事件につき、同裁判所が昭和三一年一月三一日言渡した判決で、係争山林は被控訴人の所有たることを確認したに止まる(係争山林が字榎町六五番の一、同番の六及び同番の一〇で被控訴人の所有だとまでは確認しなかつた。)ので、それが右地番の土地であるとは強いて主張せず、とにかく係争山林が被控訴人の所有であるとしてその地盤及び地上立木の所有権を保全するために本件仮処分申請をしたものであることが明らかである。そして、本件仮処分決定が係争山林を字榎町六五番の一、同番の六及び同番の一〇としてされたものではなく地番を離れた同山林についてされたものであることは右決定自体によつて明白であるから、控訴人らの前記主張は理由がない。

三、前記甲第二号証、乙第一、二号証、成立に争いのない甲第一号証の一、二、乙第三号証を総合すると、係争土地は亡緑川弥七郎が字榎町六五番山林の一部として所有しており(それが字榎町にないことはさきに判断したとおりである。)、緑川信人、緑川信夫が順次家督相続によつてその所有権を承継取得し、昭和六年一二月三日右信夫が同番の一の山林の一部にあたるものとして緑川勇弥ら九名に贈与し、昭和八年四月一七日同人らが逸見萬吉に債務担保のためにその所有権移転登記をしたこと、右勇弥が中山吉之助に係争山林を含む字榎町六五番の一を売り渡し(勇弥が中山吉之助に字榎町六五番の一を売り渡したことは前記のとおり当事者間に争いがない。)、中間登記を省略して逸見萬吉から中山吉之助にその所有権移転登記をしたこと、その後係争山林の共有者の一人たる緑川ヤイから右勇弥のした売買について異議がのべられ、昭和一一年六月一日同山林の共有者全員と中山吉之助との間に新らしい合意が成立し中山は共有者らに二、五〇〇円を追加支払い共有者全員から係争山林を含む字榎町六五番の一の山林所有権を完全に取得したこと、その後中山は係争山林を字榎町六五番の一の一部として所有し、鈴木萬次郎に依頼してその管理をし、周辺に標木を打ち込んでその範囲を明白にして来たこと、中山は昭和二二年一二月一〇日被控訴人に対し字榎町六五番の一、同番の六及び同番の一〇を売り渡し(この売買の事実は前記のとおり当事者間に争いがない。)その所有権移転登記をしたこと、右売買にあたり中山は被控訴人に対し係争山林は字榎町六五番の一に含まれるものとして現地について指示をしたこと、係争山林は字風越地内にあつて字榎町地内にないのであるが、明治八年ころ宮城大林区署において官民有地の境界を定めるにあたり係争地付近の官民有地の境界を峯(原判決別紙図面(ロ)(ハ)(ニ)(ホ)線)としたため、同峯の西南部にある係争山林の所有者緑川信夫はこれを字榎町六五番の一と誤信し、その後の所有者も同じように誤信して来たことが疎明されるから、係争山林は被控訴人の所有に属するものと一応認められる。そしてこのことは乙第一号証、第四号証、第五号証の一、二、三、第六、七号証、第九、一〇号証、第一七号証、第一九、二〇号証、当審証人鈴木酉之助、蛭田稲穂の各証言に照らしても同様であつて、他にこれを動かすに足りる資料はない。

四、前記のとおり係争山林は字風越地内にあるにもかかわらず字榎町六五番の一と誤認されていたため同地番として登記されていたから、その登記は係争山林についての登記として第三者に対抗し得べきものでないことは明らかであり、また、係争山林上の立木所有権が被控訴人に属することを第三者に対抗し得べき立木登記がされていること、又は明認方法がとられていることを明らかにする資料は全くない。

ところで、前記甲第二号証、乙第一、二号証によると、緑川勇弥は昭和二五年一二月ころ控訴人蛭田に対し係争山林上の立木を代金一五〇万円で売り渡すこととし、内金五〇万円を受け取るとともに五〇万円について係争山林に抵当権を設定することを約し(緑川勇弥は係争山林を中山吉之助に売り渡した当時その共有者九名中の一人に過ぎなかつたこと前記のとおりであるから、単独で控訴人蛭田に係争山林上の立木を売り渡したとしても、いまだ係争山林について所有権移転登記を経ていない中山吉之助及びその承継人たる被控訴人と控訴人との関係においても勇弥は係争山林の所有権者といえず、したがつて係争山林上の立木についてのいわゆる二重譲渡関係の生ずる余地はないものと考える)、係争山林が公簿上何人の名義にも登載されていないのに乗じ、これを字風越七三番の一四山林一〇町五反歩として所有権保存登記をしたが、同登記は福島地方法務局の指示により同局上遠野出張所長によつて違法なものとして抹消されたこと、控訴人蛭田は勇弥のために一〇〇万円に及ぶ金員を支出していたため、その回収策に腐心した末、係争山林に隣接する字風越七三番の一三山林一町七反歩(雑木林)が大正一五年六月ころ実測面積一反七畝歩として払下げられ当時緑川進の所有となつていたのに目をつけ、同人からこれを代金五〇万円という高価で買い受けてその所有権移転登記をした上、係争山林がなお未登記であるのに乗じそれが右七三番の一三の一部であるような風をしてこれが増歩登記を申請してその旨の登記をしたことが疎明される。してみると、これによつては控訴人蛭田は係争山林及び同地上立木の所有権を取得するに由なく、したがつて控訴人牧野は控訴人蛭田から係争山林上の立木所有権を取得し得ないものというべく、前記控訴人蛭田名義の字風越七三番の一三についての所有権移転登記、成立に争いのない乙第一〇号証によつて明らかな同地番山林一〇町歩八反九畝五歩の内西側北寄り四町一反歩、及び西側南寄り一町二反五畝歩についての控訴人牧野名義の立木登記は、控訴人らが係争山林及び同地上立木の所有権者たることを推認させるものではないものというべく、その他控訴人らが前記被控訴人の対抗要件の欠けていることを主張するについて正当な利益を有する第三者に該当することを疎明すべき資料はない。

以上の事実によれば、控訴人らは係争山林上の立木の伐採を開始した不法行為者と一応認められるから、被控訴人は係争山林並びに同地上立木について対抗要件を具備しなくとも、なおかつその所有権を控訴人らに対抗し得るものというべきである。

五、前記甲第二号証によれば、本件仮処分をする必要性のあつたことが疎明され、現にそれが継続していることは弁論の全趣旨によつて明らかである。

六、控訴人らは、本件仮処分決定は福島地方裁判所平支部昭和三三年(ヨ)第三八号立入禁止等仮処分事件の仮処分決定と牴触すると主張する。

成立に争いのない乙第一三、一四号証、第二〇号証、当裁判所真正に成立したものと認める乙第一一号証、弁論の全趣旨を総合すると、福島地方裁判所平支部が債権者控訴人牧野、債務者被控訴人ほか一名間の同庁昭和三三年(ヨ)第三八号山林立入禁止仮処分事件につき、債務者らは係争山林(ただし、仮処分決定には字風越七三番の一三山林一〇町八反九畝五歩のうち西側北寄り四町一反歩及び西側南寄り一町二反五畝歩と表示されている。)に立ち入り債権者が同地上に成立する立木を占有するについて妨害をしてはならない旨の仮処分決定(以下第一次仮処分という。)をし、昭和三三年九月二日その執行をしたことが疎明されるが、右仮処分は被控訴人らが係争山林に立ち入り控訴人牧野が同地上に生立する立木を占有するについて妨害となるべき事実上の行為をすることの禁止を命じたに止まり、同控訴人に係争山林を占有する権利のあることを暫定的にもしろ認めたものではなく、また、被控訴人に対し被控訴人が係争山林について主張するところの実体上の権利保全のためにする仮処分申請を差し止めようとしたものでもないことは、右仮処分決定自体によつて明らかである。そして本件仮処分決定はその後の同月九日にされたものであるが、その主文は、「債務者たる控訴人らは係争山林に立ち入り立木を伐採搬出してはならない。係争山林についての債務者らの占有を解きこれを債権者たる被控訴人の委任する福島地方裁判所執行吏に保管させよ。執行吏は前二項の目的を達するに必要な方法をとることができる。」というのであるから、第一次仮処分決定の内容と抵触するものではなく、その執行方法も、第一次仮処分決定は被控訴人らに不作為を命ずる決定書を送達することによつてこれを実現するものであるに反し、本件仮処分決定の執行は、控訴人らに不作為を命ずる決定書を送達し、被控訴人の委任する執行吏が仮処分決定の命ずるところにしたがつて係争山林についての控訴人らの占有を解いて執行吏の保管とし、その他目的達成に必要な方法をとることによつてその内容を実現すべきものであつて、両者の執行方法は抵触することなく両立併存し得るものであるから、その間に抵触はないものと考える。よつて、控訴人らの前記主張は理由がない。

七、控訴人牧野は本件仮処分決定当時係争山林内の伐倒木について民法一九二条によつて完全な権利を有し係争山林に自由に立ち入つてこれが搬出を許されていたから、このことまでも禁止した本件仮処分決定は不法であると主張する。しかしながら、成立に争いのない乙第二一号証ではとうてい右の事実が疎明されず、他にこれを疎明するものがないから、右の主張は理由がない。

八、控訴人らは、控訴人蛭田は係争山林に数百万円を投じながら被控訴人の不当干渉、打続く訴訟のために窮迫し、やむなく係争山林上の立木を控訴人牧野に売却せざるを得ざるにいたつたもので、被控訴人の不正な侵略を許すことができないと主張する。

しかしながら、被控訴人が主張のような不当干渉、濫訴の提起、権利の濫用などをしていることの疎明がないから、進んで判断を加えるまでもなく右の主張は理由がない。

九、そうすると、本件仮処分決定は結局において適法なものというべきであるから、控訴人らの異議を棄却した原判決は相当であつて本件控訴は理由がないので、民訴三八四条、九五条、八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 斎藤規矩三 鳥羽久五郎 羽染徳次)

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